「ロング ロング ローズアベニュー」

■ 「ロング ロング ローズアベニュー」

15周年にふさわしく、過去最長の長~いバラの回廊が皆様をお迎えします。それを飾るバラは過去最多のブランドを揃え、それぞれの代表作で美しいシーンを演出します。過去ショウの中で話題になったバラも紹介し、15年で大きく変化したバラの歴史も振り返ります。



  • 去年の会場より

会場の入り口から、会場奥にあるローズテラス脇まで伸びるローズアベニューには美しいシーンを彩ったバラが並びます。


「グラハム・トーマス」

「レディ・エマ・ハミルトン」

◆イングリッシュローズの生みの親:
デビッド・オースチンのバラ


「マクミランナース」

「サーポールスミス」

◆クラシックローズをこよなく愛したバラの神様:
ピーター・ビールスのバラ

バラに恋するロザリアン

バラを愛しバラからも愛されるバラ愛好家・ロザリアンたちが、アベニューに沿って恋するバラをご紹介します。


昨年の会場より

昨年の会場より

◆ローラン・ボーニッシュ
[シャンペートルスタイル」

母国フランス流シャンぺートル(田園)の古く落ち着きのある石の床、開放感いっぱいのテラスのある田舎家で、バラを使ったナチュラル・ライフスタイルを紹介します。
洗練されたフラワーデモンストレーションも盛況です。


昨年の展示より

12th展示より

◆大野耕生:ローズグロアー

鉢植えを育てるだけでなく、花びらやローズオイルなどを使い、ちょっとした工夫で毎日をバラと素敵に過ごす方法を提案します。

ジャパンクール


「あおい」 Rose Frame KEIJI 作出

去年の展示より

◆小山内健:ローズソムリエ

ガーデンでもインドアでも楽しめるF&Gローズ(フローリスト&ガーデナーローズ)の雅な雰囲気を活かした楽しみ方をご提案します。


「真夜」 河合伸志 作出

「シェラザード」 木村 卓 作出

◆玉置 一裕:
バラ専門誌『NewRoses』編集長

新しいバラの風
日本の育種家たちが生み出した日本らしい美をもつバラ「ジャパン・クール」と、最新品種をファッションになぞらえ分かり易く分類したコーナーです。

French Rose


「フリュイテ」
Meilland メイアン

「カクテル」
Meilland メイアン

「claude Monet」
Delbard デルバール

「フランシス ブレーズ」
Guillot ギヨー

15年の歴代のバラ



倖田來未さんが命名「ラムのつぶやき」
大和バラ園:作出

キャスキッドソンに捧げたバラ
「For Your Home」木村卓功:作出

「アンダルシア」市川惠一:作出。

「ガブリエル」
日本の女性育種家
河本純子:作出。

「ラプソディインブルー」:Frank R Cowlishaw

「プリンセスオブウェールズ」
故ダイアナ妃に捧げられたバラ
ハークネス(写真提供:タキイ種苗)

「聖火」 鈴木省三作出

「希望」 鈴木省三作出

鈴木省三に捧げられたバラ
京成バラ園芸 作出

「バラのふるさとトルコ「ターキッシュ ローズガーデン」


日本とトルコ友好の懸け橋「エルトゥールル」と名付けられたバラを初公開します。 小川宏 作出

オスマントルコの時代から、バラを神様からの授かりものとして大切にしてきたトルコ。バラの中でも特に濃厚で甘い香りを放つダマスクローズやその精油の生産は世界一。今回は本ショウ15周年を記念して、公益財団法人日本ばら会から、トルコ薔薇大使・前田裕子の仲介によりトルコ共和国日本大使夫人のシネム・クルチに新種のバラが贈られます。このバラは、「トルコ-日本の友好」の証しとしてシネム令夫人により「エルトゥールル」と命名され、開会式後、世界初公開いたします。約120年前のエルトゥールル号事件から、今なお深まる両国の友好のシンボルとして生まれたこのバラは、両国の国旗の色を象徴するような赤いバラです。 展示内のローズ・シャワーのコーナーでは霧状の濃密な甘いバラの香りに包まれ、ターキッシュ・ローズガーデンではトルコのバラの文化が紹介されます。また、バザールを再現した展示内では、色彩が美しく芸術度の高いトルコ工芸や、世界三大料理のひとつ、トルコの食文化も体験できます。さらに、世界最古の伝統を受け継ぐ軍楽隊メフテルが来日し、開会式や会期中、会場を勇壮な音楽で盛り上げます。

~日本とトルコの友好関係~
アジアの東西両端に位置するトルコ共和国と日本は19世紀から長い年月、友好関係を保っています。

1890年、オスマン帝国時代に日本への公式訪問を目的として派遣された軍艦エルトゥールル号が日本近海で遭難しました。 トルコへの帰路、台風に遭い、和歌山県串本町沖合で岩礁に衝突したのです。 この事故で、特使を含む518名は死亡しましたが、死を免れた69名は地元の村人たちの手厚い救護により一命を取り留めました。 この時期台風により漁ができず自分たちの食べるものさえ少ない状況で、 非常時や正月、盆にしか口にすることのない白米や鶏までも躊躇なくトルコ人に食べさせ介抱したそうです。 その後、村人たちの懸命な介抱もあり遭難者たちは回復に向かい、明治天皇の命により軍艦2隻でトルコに送り届けられました。 これが今の日本とトルコの友好関係の礎となったのです。